2017年3月10日金曜日

【小説】浪花相場師伝 第二十四話 実王寺の正体(後編)

第二十四話 実王寺の正体(後編)

実王寺が話し終えたあと、部屋は沈黙で包まれた。
やがて淀屋がおもむろに口を開いた。
「なるほど、全てアンタが原因やったってわけか」
「そう取られても仕方がないな」、実王寺がいう。

「実王寺さんの人生って楽しかったか」、淀屋がいう。
「なぜ、そんなことを聞く」、実王寺がいう。
「なんでって、籍を入れへんっていうことは親は夫婦やなかったんやろ
実王寺さんは母親がおらへん家庭で育ったんやろ」、淀屋が聞く。

再び、部屋は沈黙で包まれた。
やがて実王寺が語り始めた。
「物心ついたときから、父親との2人暮らしだった。
母親がいる家庭とは、どういうものか想像もつかない。

相場師として生きていくため、必要なこと全てを父親から教わった。
私には相場師としての人生しか選択肢がなかったともいえる。
だが、今までの人生を後悔したことは1度もない。
そういう意味では、今までの人生は楽しかったといえるだろう」

「なら、なんでワテの育ての親は、父親と母親やったんや」、淀屋が聞く。
「君は私の家系でなく淀屋の一族、しかも初代本家だ。
淀屋の一族に遠く及ばない相場師風情と同じ生活をさせるわけにはいかない。
君には庶民の生活を体験させたかったのだよ」、実王寺はいった。

「実王寺さん」、淀屋がいう。
「なんだ」、実王寺が聞く。
「相場師って、おもろいか」、淀屋が聞く。
「そんなこと、君が一番、よくわかっているだろう」、実王寺がいう。

「確かにそやな、もっともや。
決めたで、ワテは相場師になる。
でもな、実王寺さんとことは違う人生を送る。
別嬪の嫁さんや可愛い子どもと幸せな家庭を築くんや」、淀屋がいう。

「いいだろう、君には君の人生がある、来月の淀屋の一族の会合はどうする。
出るも出ないも君の自由だ」、実王寺が聞く。
淀屋は不敵な笑みを浮かべるといった。
「相場師なんやから出るに決まってるやろ、難波の女帝の顔も拝みたいしな」

2017年3月6日月曜日

【小説】浪花相場師伝 第二十三話 実王寺の正体(前編)

第二十三話 実王寺の正体(前編)

ひとしきり沈黙した後、実王寺は話し始めた。
「私は代々、相場師の家に生まれた。
私の家には代々、女性と籍を入れないという暗黙のルールがあった。
理由は籍を入れれば守りに入る、守りに入れば相場では勝てないからだ。

君の母親は良家のお嬢様だった。
彼女の父親は誰もが知る実業界の重鎮だった。
なぜか彼女に気に入られた私は、君の母親と付き合うことになった。
当然ながら彼女の父親は、相場師風情と付き合うとはけしからんと反対した。

やがて実家を飛び出してきた彼女との2人暮らしが始まった。
いつしか彼女は籍を入れて欲しがるようになった。
だが、それだけは相場師として、決してしてはならないことだった」
「で、どうなったんや」、淀屋が聞く。

実王寺は遠い目をすると、語りだした。
「彼女に籍を入れることは永遠にできないと伝えた。
ある日、2人で暮らしていた家に帰ると彼女の姿はなかった。
おそらく、実家に戻ったのだろうと思った。

やがて風の噂で、彼女がある依頼を受けたことを知った。
淀屋12代目当主の子どもを産むという依頼だ。
なぜ、彼女がその依頼を受けたのかはわからない。
だが知ってしまった以上、彼女のために何かできないかと考えた」

淀屋が沈黙する中、実王寺は続けた。
「私は淀屋12代目当主に、この件は私に任せてくれるよう申し入れた。
12代目当主も相場の世界では知られた存在で、私のことも知っていた。
12代目当主は、すぐに私に全てを任せることを承知してくれた。

彼女は面識のない12代目当主の子どもを産もうとした。
おそらく彼女に、そう決意させたのは私だ。
なら、私が全ての責任を取らなくてはならない。
だが相場師の私にできることは、彼女の子どもを相場師にすることだけだ。

相場師になるには、一般家庭で育てられなくてはならない。
一般家庭で育てられることにより、世の中の矛盾がわかるようになる。
世の中の矛盾がわかれば、相場師として進むべき道が見えてくる。
そう思った私は、君の育ての親に君を育てるように依頼したのだよ」

2017年3月4日土曜日

【小説】浪花相場師伝 第二十ニ話 実王寺との再会(後編)

第二十ニ話 実王寺との再会(後編)

淀屋の家へ招かれた実王寺は家の中を見回していた。
「何や、じろじろ見とらんと、その辺に座ってや」淀屋がいう。
淀屋の家は、以前に来たときと一変していた。
家電や家具は必要、最低限のものしか置いていなかった。

居間である和室の中央には机があり、デスクトップのPCが置かれていた。
押入れの襖はなく、押入れの中には何百冊もの書籍が並んでいた。
「ずいぶん変わったな」、近くにあった椅子に腰掛けながら実王寺がいう。
「何事もシンプルイズベストやさかいな」、淀屋がいう。

淀屋がカップに入ったインスタントコーヒーを運んできた。
「たいしたもんやないけど」、淀屋が実王寺にカップを手渡す。
「ありがとう」、実王寺はカップを受け取りコーヒーを飲んだ。
「美味いな」、実王寺が感心していう。

「美味いやろ、インスタントコーヒーも淹れ方次第で美味くなるんや。
ところで何を伝えにきたんか、教えてんか」、淀屋がいう。
「来月、淀屋の一族の会合がある。
そこで君の存在を一族に知らせたいと考えている」、実王寺がいう。

「なんで来月、知らせるんや」、淀屋がいう。
「君が初代本家だとは知らせない。
あくまでも分家の1人として知らせるつもりだ。
君に淀屋の一族を知ってもらうことが目的だよ」、実王寺がいう。

「別にかまへんけど、実王寺さんが紹介してくれるんか」、淀屋がいう。
「残念ながら私ではない、紹介するのは初代本家の者だ」、実王寺がいう。
「ひょっとして実王寺さんは淀屋の一族やないんか」、淀屋がいう。
「そうだ、私は淀屋の一族ではない」、実王寺がいう。

「なら、なんでワテにいろいろしてくれるんや」、淀屋がいう。
実王寺はカップを持ったまま、しばらく黙り込んだ。
やがて実王寺がおもむろに口を開いた。
「私と君の母親が特別な関係にあったからだよ」

淀屋は飲みかけていたコーヒーを噴き出した。
「行儀が悪いな」、実王寺が苦笑しながらいう。
「ちょ、ちょ、それってどういうことやねん。
特別な関係って、どういう関係やってん」、淀屋が聞く。

2017年3月1日水曜日

【小説】浪花相場師伝 第二十一話 実王寺との再会(前編)

第二十一話 実王寺との再会(前編)

淀屋は大学を卒業した。
だが成績優秀だった淀屋は大学院へ進むことにした。
淀屋の研究テーマは、金融工学だった。
淀屋は投資に関する工学的研究を究めたいと考えていた。

金融工学は新しい学問領域であるといわれるが、その淵源はマンハッタン計画といわれる。これは金融工学が1950年代以降、経済学会計学工学数学など様々な学問領域と接点を持ちながら形成されてきたためである。
金融工学の中でも画期的な研究としては、1950年代にハリー・マーコウィッツが示した現代ポートフォリオ理論や、1970年代フィッシャー・ブラックマイロン・ショールズらによるデリバティブの価格理論、arrison、Kreps、Pliskaらによる確率同値における無裁定性と均衡などが有名である。
金融工学におけるプライシング理論は、一物一価の考え方に基づくところである。経済学での議論における需要供給の関係においてアロー・ドブリュー証券の仮定を置くことにより、同時点での将来価値が同値なは同じ現在価値を持つ、という前提を組み立てる。
たとえば、株のコールオプション債券株式を保有している投資家は、ポートフォリオの組み合わせによって、瞬間的に超過収益を得ることができない。この関係から、3者の価格においては均衡式を得ることができるのである。金融工学の理論は、金融実務と密接に結びついており、金融工学理論から得られた算式はプライシングリスク管理会計の実務でも広く用いられており、金融工学の発展の背後には、金融実務への適用がある。
(Wikipediaより)

「YLコンサルタント」の経営は、採用した元地方銀行勤務の男に任せていた。
難波の女帝に勝つには、投資を徹底的に研究することが必要や。
運だけでは勝つことはできへん、度胸もそうや。
必ず勝てる必勝の投資手法があるはずや、淀屋は考えていた。

そんなある日のことだった。
アパートへ帰ると、アパートの前にコート姿の男がいた。
淀屋は今も育ての親と暮らしてきたアパートに1人、住んでいた。
いつか育ての親が帰って来るのではないかという思いからだった。

「久しぶりだな」、コート姿の男はよく切れるナイフを思わせる実王寺だった。
「なんや、あんたか」、淀屋が残念そうにいう。
「せっかく会いに来たのに、その言い方はないだろう」、実王寺がいう。
「仕方ないやろ、なんかいいたい事があってきたんか」、淀屋がいう。

「君に是非とも伝えたいことがあって来た」、実王寺がいう。
「ほな上がっていくか、たいしたもんは出せへんけどな」、淀屋がいう。
「遠慮なくお邪魔させてもらうとしよう」、実王寺がいう。
「相変わらずやな」、淀屋は苦笑しながら実王寺を自宅へ招きいれた。

2017年2月25日土曜日

【小説】浪花相場師伝 第二十話 金融のプロ(後編)

第二十話 金融のプロ(後編)

地方銀行勤務の男の目に変わった求人広告が目に止まった。
新聞折込の求人チラシの片隅にその求人はあった。
給与は年棒制で、今と同じ年収を維持できる。
年齢不問、土日祝日は休み、交通費全額支給。

だが職種が問題だった。
募集している職種は、取締役社長だった。
投資コンサルタント会社の取締役社長の求人。
投資コンサルタント会社は聞いたこともない会社だった。

ネットでその会社を検索したが、有益な情報は得られなかった。
一度、面接を受けて、やばそうな会社だったら断ればいい。
男は履歴書をしたためると、投資コンサルタント会社へ郵送した。
数日後、帰宅すると、面接日時を知らせる封筒が届いていた。

面接日に有給休暇をとった男は、投資コンサルタント会社へ向かった。
雑居ビルの1室にその会社「YLコンサルタント」はあった。
時間通りにドアをノックすると「入ってや」と声がした。
ドアを開けた男は驚きのあまり、立ち止まった。

20人は仕事ができるスペースには、机が1台あるだけだった。
スタジャンを着た若い男が椅子に座って、ノートPCを見ていた。
「よく、きてくれはりました」、若い男が立ち上がっていう。
「あの、社員はあなただけなんですか」、地方銀行勤務の男が聞く。

「今はな、さて早速、テストさせてもらうで」
若い男がいい、地方銀行勤務の男を椅子に座るよう促した。
ノートPCには、会社の損益計算書らしきものが映し出されていた。
「その会社の問題点を答えてくれるか」、若い男がいう。

しばらくノートPCの画面を見てから、地方銀行勤務の男が口を開いた。
「問題点どころか、このような会社は存在しません。
売上高に対して、売上原価が少なすぎる。
売上原価が1%に満たない会社なんてある訳がない」

「合格や、いつから来れる」、若い男がいう。
「えっ、これで合格なんですか」、地方銀行勤務の男がいう。
「その会社、YLコンサルタントの存在を疑った奴は初めてや。
目に見えるものを疑う奴が欲しかったんや」、淀屋が不敵な笑みを浮かべていう。

2017年2月23日木曜日

【小説】浪花相場師伝 第十九話 金融のプロ(前編)

第十九話 金融のプロ(前編)

その男は長年、地方銀行で中小企業への融資審査を行なってきた。
財務諸表すら作っていない中小企業も数多くあった。
融資さえ受けられれば、何とかなると思っている。
融資を申し込む時点で貴様らは終わっている、男は思っていた。

なぜ、融資を受けてまで商売を続けようとするのか。
融資を受けるということは、開業資金が不足していたということだ。
確かに、融資を受けて業績を伸ばす経営者はいる。
だが確率にすれば数パーセントにも満たない。

ある日のこと、男の勤める地方銀行で早期退職の募集があった。
このまま定年まで勤め上げるよりは、多い退職金が貰えるらしかった。
確かに退職金の額は早期退職の方が多いかもしれない。
だが会社員は目に見えない様々な面で、自営業より有利だ。

厚生年金と国民年金の違いは大きい。
厚生年金は会社が、自己負担分と同額を払い込んでくれる。
交通費は支給されるので、持ち出しはない。
決まった時間に会社にいるだけで、安定した収入を得ることができる。

男が定年になるのは数年先だった。
定年を迎えても、契約社員として雇用を継続してもらう方法もある。
だが契約社員になれば、今の年収より大幅にダウンする。
幸い住宅ローンの返済は終えており、ある程度の蓄えもある。

大幅に減った年収で働き続ける。
それも1つの選択肢だ、だが本当にそれでいいのか。
自分のスキルは、まだまだ若い者たちには負けない。
ならば、もっと自分を有効活用してもいいのではないか、男は思った。

結局、男は早期退職には応募しなかった。
早期退職に応じた奴は結構な人数いたらしい。
男は早期退職には応募しなかったが、独自に摸索していた。
これからの自分が歩むべき人生を。

子どもたちは既に社会人になっている。
伴侶をもらい、それぞれが幸せな家庭生活を送っている。
これからも妻との2人だけの暮らしが続くのは間違いない。
そんなある日、変わった求人広告が男の目に飛び込んできた。

2017年2月13日月曜日

【小説】浪花相場師伝 第十八話 理沙の選択(後編)

第十八話 理沙の選択(後編)

理沙は淀屋と大学近くのカフェにいた。
美男美女の2人は、周囲の視線を集めていた。
「投資コンサルタントの会社って何をする会社。
ヤバイことをする会社なの」、理沙が聞く。

「なんもヤバイことあらへん、至極、全うな会社や。
既に設立登記は終わってるから安心してや。
投資コンサルタントは顧客の資産を運用する会社や。
理沙様が合コンで払った金はいくらや」、淀屋がいう。

「20回は参加したから、そうねえ400万円くらいかしら」、理沙が答える。
「理沙様がワテの合コンに参加したのは25回や。
1回の参加費20万円、内10万円を株で運用していたんや。
理沙様の場合、25回かける10万円、計250万円の運用や」淀屋がいう。

「運用した結果はどうだったの」、理沙がいう。
「これや、見るがええ」、淀屋が手帳を開いて見せる。
手帳を見た理沙は言葉を失った。
手帳には、高級住宅地の芦屋で新築が買える金額が記されていた。

「ほとんどの合コン参加者は、1年経つと増やした金を受け取った。
ところが受け取らんかったのは、理沙様だけや。
受けとらへんので、こんなに増えてしもうたがな。
この金をもっと増やすために会社を作ったんや」、淀屋がいう。

「このお金を増やすだけだったら、会社を作る必要はないんじゃないの。
今まで通り、株とやらで運用していればよくない」、理沙がいう。
「合コン参加者は、金を預ければ増やしてもらえることを知った。
いまや金を預けてくるヤツがたくさんおる」、淀屋は手帳の別のページを見せた。

手帳の数字を見た理沙は、再び言葉を失った。
なに、この数字、本当にこれだけのお金を預かって運用しているっていうの。
「さすがに、これだけの金を運用するとなると個人では荷が重い。
新規開拓のため合コンも続けていく、それが会社設立の目的や」、淀屋がいう。

この男、面白い、理沙は思った。
「わたしが払って増やしたお金は資本金にしてくれていいわ。
ところで次は何をするのかしら」、理沙が聞く。
「金融のプロを雇うんや、凄腕のな」、淀屋が不敵な笑みを浮かべていった。